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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)11138号 判決

原告 佐々木義美

右訴訟代理人弁護士 高山平次郎

被告 梅津造一

右訴訟代理人弁護士 蓮井平一

同 岡崎謙四郎

主文

一、当庁昭和四〇年(手ワ)第二、四〇七号約束手形金請求手形訴訟の判決を次の限度で認可し、その余を取消す。

被告は原告に対し九四万五、八一八円およびこれに対する昭和四〇年一一月一日から完済までの年六分の割合による金員を支払わなければならない。

二、原告のその余の請求を棄却する

三、訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担としその一を原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立および請求の原因、これに対する答弁は主文記載の手形訴訟の判決事実適示(但し、請求の原因中、附帯の金員は訴状送達日の翌日からの遅延損害金の支払を求める趣旨であると訂正し、同手形目録についてその記載の全部の手形は被告が振出したものであり、手形にその旨の記名捺印があること、同目録記載(三)ないし(一二)の手形にはいずれも受取人である訴外渋谷信用金庫の白地式裏書があること、同(一三)ないし(一九)の手形はいずれも受取人白地で振出され、引渡により譲渡されて原告が受取人欄に自己の名を補充したものであることと各補足し同(一)の手形の「第二裏書人(白地式)佐々木義男」の趣旨の記載を「第二裏書人(白地式)有限会社宮城製作所」と訂正すると同一であるからここにその記載を引用する。

被告訴訟代理人は抗弁として次のとおり述べた。

一、本件(一)の手形は被告から訴外東洋精機株式会社に融通手形として振出されたもので同訴外会社はこれを更に訴外有限会社宮城製作所に融通のため譲渡し同製作所はこれを訴外渋谷信用金庫で割引き同金庫がこれを所持していたが、その後被告から同金庫に対し右手形の満期直前である昭和三八年七月九日手形金のうち一〇万円を支払い、残額に利息を加えて本件(二)手形に書替えた。原告も訴外宮城製作所もこのような事情を知りかつ期限譲渡裏書により本件(一)の手形を取得した所持人である。

二、被告が、本件(三)ないし(一二)、(一三)ないし(一九)の各手形を振出したのは、訴外東洋精機株式会社に対する融通のためであって、同訴外会社は、「これらの手形を訴外渋谷信用金庫に担保として差入れるがそれ以外の者に裏書譲渡しない、同訴外金庫もこれを諒承している」というので、そのような約束で振出したものである。

訴外渋谷信用金庫は右のような事情について悪意でこれらの手形を取得し、原告もこれについて悪意でかつ期限後裏書によりこれらの手形を取得した所持人であるから、被告は右の約束に反して裏書譲渡されて手形所持人となった原告に対し、これらの手形金を支払う義務はない。

三、仮りに右二の抗弁が理由がないものとしても、本件(三)ないし(一二)、(一四)ないし(一九)の各手形については原告がこれらの手形により被告に請求するのは、実質的には次のような求償権の行使である。

即ち、前述のとおり被告は訴外東洋精機株式会社に対して本件(三)ないし(一三)、(一四)ないし(一九)の各手形(以下これらの手形を総称して東洋精機関係手形という。)を融通のため振出したのであるが、同訴外会社はこれらの手形を訴外渋谷信用金庫に対する二一三万五、六七三円の借金債務の担保として差し入れていた。

そして、右訴外会社の渋谷信用金庫に対する借金債務については原告、被告、訴外有限会社宮城製作所(原告の兄が主宰)、訴外椎名車輛株式会社、訴外朝日化工株式会社ほか二名の七名が保証の目的で連帯債務者となっていたが、なお原告は右訴外会社の借金債務のために自己の不動産に極度額二〇〇万円の根抵当権をも設定していた。

原告は訴外渋谷信用金庫に対し、連帯債務者として前記借金債務を支払い、前記東洋精機関係手形を同金庫から取得したものである。

したがって、原告が被告に対しこれらの東洋精機関係の手形金の請求をするのは、実質的には原告が連帯債務者として前記訴外金庫に弁済したことに基く求償権の行使であるというべきところ、被告は前記訴外会社の債務の保証の目的で連帯債務者となったものであって、被告の負担部分がないというべきであるし、また原告は連帯債務者であったほかに前述のとおり前記訴外会社の債務について根抵当権を設定していたものであるから、このような事実関係のもとでは連帯債務者相互の間では根抵当権設定者である原告が全部を負担し他の者の負担部分はないものとする定めがあったものというべきである。

したがって、被告の負担部分はないのであるから、原告は被告に対し求償する権利がなく、右東洋精機関係手形金の支払を求めることはできない。

仮りに負担部分について特段の定めがなかったとすればその場合の連帯債務者各自の負担部分は平等と推定されるので被告の負担部分は七分の一である。

しかして、訴外東洋精機株式会社は訴外渋谷信用金庫に対し前記借金債務について、次のとおり弁済した。

昭和三八年七月一一日 四万四、〇〇〇円

昭和三八年七月三一日 七、〇〇〇円

昭和三九年三月九日 二、八〇〇円

昭和三九年三月三一日 一万二、〇〇〇円

昭和三九年六月一三日 五〇万円

昭和三九年八月五日 四万八、〇〇〇円

昭和三九年一一月三〇日 二万円

昭和三九年一二月三日 二万円

右弁済により借金の残額は一四七万七、二〇〇円であるところ、原告はこれらの弁済がなされた後に弁済して共同の免責を得させたものであるから、原告が被告に求償することのできる範囲は右一四七万七、二〇〇円の七分の一に当る金額であり、前記東洋精機関係の手形金のうち右求償債権額をこえる部分については被告にその支払を求める権利はない。

原告訴訟代理人は被告の抗弁事実に対し、原告が訴外東洋精機株式会社の訴外渋谷信用金庫に対する債務について被告主張のとおり根抵当権を設定していたこと、東洋精機関係の手形が原告において手形金額相当の金額を同金庫に支払って同金庫から譲受けたものであることを認めるがその余の事実を否認する。」と述べた。〈以下省略〉。

理由

一、被告が本件(一三)の手形を除くその余の各手形を振出したことは当事者間に争いがなく、本件(一三)の手形についてはその振出名義人である被告名下の印影が被告の印判によって押捺されたものであることは被告がこれを認めているところであり、この事実と被告本人尋問の結果とによると、本件(一三)の手形もまた被告が受取人欄を白地にしてこれを振出したものであることを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

しかして、本件(一四)ないし(一九)の各手形に原告がその主張のとおり受取人の記載を補充し、また本件各手形に原告主張のような各裏書があることについては被告は明らかにこれを争わないので自白したものと看做す。なお本件(二)の手形については甲第二号証によれば現在原告主張のとおりの受取人の記載があるところ、被告の答弁の全趣旨によれば、被告は本件(二)の手形を受取人欄を白地にして振出したというものの如くであるから、特段の事情のない本件では右受取人欄の記載は適法に補充されたものと認めるべきである。

右の各事実によると、本件各手形はいずれも被告が振出したものであり、原告はこれらの手形の適法な所持人であると推定されるから、特段の事由がない限り、被告に対し、本件各手形金債権とこれに対する訴状送達日の翌日であることが記録上明らかな昭和四〇年一一月一日から完済までの年六分の割合による法定の遅延損害金債権とを有すべきものである。

二、そこで次に被告の抗弁について順次検討を加える。

(一)、本件(一)の手形書替えの主張について、

〈省略〉本件(一)の手形は被告から訴外東洋精機株式会社に対し融通のため振出されたもので、同訴外会社から更に融通のため訴外有限会社宮城製作所に譲渡され、同製作所から訴外渋谷信用金庫に譲渡されたものであるが、この手形は後に訴外椎名寿三郎から同金庫に内金一〇万円を支払い、残額に利息を加算して本件(二)の手形に書替えられた(被告から訴外椎名に後に右一〇万円を弁済した。)ものであること、原告は本件(一)の手形を訴外宮城製作所から取得したのであるが、その時期は本訴で請求している他の手形を訴外渋谷信用金庫から受取った後であって、早くとも昭和四〇年七月七日の後であることの各事実を認めることができる。

証人椎名寿三郎の証言にはこの認定に反する部分があるが前記各証拠と対比するときは、右証言は同証人の思い違いとも解されるので信用できない。

そして、右事実から考察すると、本件(一)の手形は、訴外渋谷信用金庫が所持していた当時に一〇万円の内金支払いがあり、その残額について本件(二)の手形に書替えられたものであるところ、これが同金庫から原告に転々した経過については同金庫からその前所持人であった訴外宮城製作所に返戻され、更に同製作所から原告に譲渡されたものと推認され、なお訴外宮城製作所は右手形授受の経過に照し、以上の手形書替の事情を知って訴外金庫からその返戻を受けたものであることは充分推察されるところであるし、また原告が右製作所から本件(一)の手形の譲渡を受けたのは拒絶証書作成期間経過後であることが明らかであるから被告は右一部の支払いおよび残部の書替えの事由を原告に対抗することができるというべきである。

尤も、証人千葉長の証言によると訴外渋谷信用金庫においては手形書替えがなされても新手形と引換えに旧手形を返戻することなくこれを保持しておく取扱いであったことが認められるので、本件(一)の手形も書替え後暫らくは同金庫に保持されていたものと認める余地もあり、そうだとすると、これは延期のための書替えであって、旧手形が書替えにより無効になることはないと解さなければならないが、書替えの当事者間においては新旧手形のうちどちらかの一方により手形の権利を行使すれば足りるものであり、訴訟において新手形の権利を行使するときは、特段の事情がない限り同手形による権利の行使を許さないというのが、衡平にかない、また手形書替え当事者の意思にも合致するものと考えられ、このような事由は、書替え後悪意でまたは期限後裏書により手形を取得した所持人に対抗することができると解される。したがって、本件(一)の手形金については、うち一〇万円は支払済であり、その残額については原告が書替え後の新手形である本件(二)の手形金を請求している以上同手形である本件(一)の手形により請求する権利はないというべきであり、被告のこの点の抗弁は理由がある。よって原告の本件(一)の手形金請求は理由がなく棄却すべきである。

(二)、次に、本件(三)ないし(一三)、(一四)ないし(一九)の各手形(以下東洋精機関係の手形という。)に関する抗弁について考察する。

1  先ず被告は、これらの手形は被告が、訴外東洋精機株式会社において訴外渋谷信用金庫以外に他に譲渡しないという約束で同訴外会社に融通のため振出したものであるというのであるが、これらの手形を同訴外会社から取得したもので原告の前所持人であった前記訴外金庫(この点は当事者間に争いがない。)が、被告主張の右約束について悪意で手形を取得したという証拠は何もない。

したがって、抗弁は切断されているというのほかはなく被告のこの点の抗弁はその余の点の判断をするまでもなく採用できない。

2  そこで、原告の右東洋精機関係の手形による請求が実質的には連帯債務の弁済に基く求償権の行使であるという被告の抗弁について検討する。

原告が訴外東洋精機株式会社が訴外渋谷信用金庫から手形により貸付けを受けるのについて昭和三七年五月一四日自己所有の不動産について極度額二〇〇万円の根抵当権を設定していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いがない甲第二〇ないし第二四号証、乙第二号証、証人千葉長、同椎名寿三郎、同松元馨の各証言および原告、被告各本人尋問の結果によると、被告はほか五名の者(この中には原告は含まれていない)と共に、右東洋精機株式会社が同金庫から手形貸付けを受けるのについて、その保証手形としてそれぞれ各自の約束手形を融通のため振出し、これらの手形が同金庫に差入れられていたが、昭和三八年六月一〇日頃右訴外会社が手形不渡事故を起して銀行取引停止処分を受けたので、その善後処置として、根抵当権設定者である原告および保証手形として融通手形を振出していた被告ほか五名の者が訴外東洋精機株式会社の同金庫に対する当時の債務額二一二万五、六七三円についてこれを右七名の連帯債務とすると共にその担保として原告を除くほか六名の者(この中に被告が含まれている)がそれぞれ当時各自が振出して同金庫に差入れていた融通手形の金額に応じて、新たに自己振出の約束手形を同金庫に差入れたこと、被告振出の前記東洋精機関係の手形はこのようにして振出され、訴外金庫に差入れられたものであること、その後同金庫から原告に対し、前記根抵当権の実行が行われるに至ったので、原告は同金庫に対し当時の元金債務全額一六二万五、四〇七円のほか利息と手数料とを支払い、本件東洋精機関係の各手形を同金庫から譲受けたことの各事実を認めることができる。

右事実関係から考察すると、原告は前記根抵当権設定者として訴外東洋精機株式会社の訴外金庫に対する債務を完済し、本件東洋精機関係の手形を取得したものであるが、右弁済により自己の負担していた連帯債務はもとよりほか六名の者(この中に被告も含まれている。)の各連帯債務もすべて全額共同の免責を得たものであって、原告の右弁済は一面において前記連帯債務の弁済の性質をも兼ねそなえているものということができるから、原告が右弁済によって訴外金庫から取得した右東洋精機関係の手形により被告に請求するその実質は、確かに被告主張のように前記連帯債務の弁済に基く求償権の行使であるといって差仕えない。

しかして、被告ほか五名の者が前述のように訴外東洋精機株式会社のために融通手形を振出し、これを訴外金庫に差入れたのは実質的には同訴外会社の訴外金庫に対する債務の保証の目的であったことは確かなことであるとしても原告および被告を含む七名の者が前記連帯債務を負担したのは、その経過および事情即ち、同訴外会社が銀行取引停止処分を受けて、同会社から訴外金庫に弁済する見込みは殆んど失われてしまったこと、被告ほか五名の者は実質的には同訴外会社の保証のためであっても、ともかく当時融通手形の振出により各自その振出しにかかる手形金額相当の債務を同訴外金庫に負担していたこと、連帯債務を負担するに当り、各自融通手形に見合う新手形を振出して訴外金庫に差入れたこと等の各事情から観ると被告ほか五名の者が当時融通手形の振出しにより各自の負担していた債務について、前記根抵当権設定により利害関係をもっていた原告をも加え、七名で相互の連帯債務にしたものと解することができる。

そうだとすると、右連帯債務は、実質的には訴外東洋精機株式会社の前記訴外金庫に対する債務の保証であるという性質を帯びていることが明らかであるけれども、右事実関係のもとでは、連帯債務者相互の間では各自が融通手形の振出しにより債務を負担していた金額即ち新手形金額の範囲により各自の負担配分を定めたものというべきである。

被告は、右連帯債務については、その実質が訴外東洋精機株式会社の債務の保証であることを理由に、また原告が根抵当権設定者であって負担部分は全部原告にあるべきことを理由にして被告に負担部分がないと主張するけれども右説明のとおり、本件では被告が新手形として振出した本件東洋精機関係の手形金額に相当する範囲で自己の負担部分としたものと解されるのであるから、被告のこの点の主張は採用できない。

しかし、以上の事実関係によると、原告が弁済により共同の免責を得た債務のうちには被告以外の連帯債務者の負担に帰する部分も含まれていることは明らかであるから、原告が右弁済金額のうち被告に求償できる範囲が幾何であるかは更に検討を要するところである。よって、その範囲について以下に考察を進める。

ところで、被告は前記連帯債務につき、原告の弁済に先立ち、訴外東洋精機株式会社が弁済し、これにより残額が一四七万七、一〇〇円となったものであり、原告の弁済により共同の免責を受けた額は右と同額であると主張するけれども、同訴外会社が被告主張の弁済をしたことを認めるのに足りる証拠はなく、前記認定のとおり、原告は一六二万五、四〇七円を元金の弁済として支払い、同額の共同の免責を得たものであるから、被告のこの点の主張も採用できない。

また、原告は右元金のほか利息および手数料をも支払っていることは前述のとおりであるが、前記各手形は元来連帯債務の元金の弁済確保のため振出されたものであることは前記認定のところから明らかであるから求償権の行使のため右手形金の支払を求めることができるのは元金の弁済に基く部分に限られるものと解されるので、求償権の範囲を定める前提としての共同の免責額を考察するに当っては右利息および手数料を除外することにする。

そこで、原告が右共同の免責を得た金額のうち幾何の金額を被告に求償することができるかについてみると、前記認定の各事実によれば、連帯債務契約当時の債務額は二一三万五、六七三円であったのに対し被告が自己の負担部分とした金額が本件東洋精機関係の手形金額の合計である八五万〇、七二一円であるから、他の連帯債務者との関係での被告の負担部分の割合は全債務額のうち二一三万五、六七三分の八五万〇、七二一であることは明らかである。

そうだとすると、前記共同の免責額一六二万五、四〇七円のうち被告の負担に帰する部分は、この金額に前記割合を乗じた六四万七、四五二円(円位未満四捨五入)であってその余の部分は他の連帯債務者らの負担に帰するもので被告の負担でないことも明らかであるから、原告が被告に求償できる金額は右六四万七、四五二円であり、原告は東洋精機関係の手形である本件(三)ないし(一二)、(一四)ないし(一九)の手形金のうち右求償債権額と同額の支払を求めることはできるが、その余の支払を求めることはできないというべきである。

よって、被告の抗弁は右の限度で採用すべきであるが、その余は採用できない。

三、以上説明したとおりであるから、原告は被告に対し本件(二)および同(一三)の手形金全額ならびに同(三)ないし(一二)、(一四)ないし(一九)の各手形金のうち六四万七、四五二円の合計九四万五、八一八円とこれに対する昭和四〇年一一月一日から完済までの年六分の割合による法定の遅延損害金との支払いを求めることができるがその余の支払いを求めることはできない。

よって原告の請求は右の限度で理由があり認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却すべきであるから、主文記載の手形訴訟の判決を右の結論と符合する限度で認可し、その余を取消して原告の請求を棄却し、〈以下省略〉。

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